リテラシーラボラトリ

リテラシーを考える

米国TEDに出演されたBLACKさんからお聞きしたプレゼンの極意

シンプルな答え。だけど、BLACKさんの言葉は重かった。確かにそれがプレゼンのすべてですよね…。

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この前のブログにて、ヨーヨー世界チャンピオンで、かつ2013年のTEDに唯一日本人として登壇されたBLACKさんからお話を聞かせて頂きました。

TEDに出演された生のお話については、私が語るまでもなくBLACKさんご本人が語られていますので、こちらをお読みくださいませ。TEDの裏側なんて、そう見れないし、読めない。大変貴重なお話です。

このTEDで得た経験を紹介することが、直近の目標とおっしゃっていました。そういったこともあって、今回はてなにお越しいただいたわけでした。そしてTEDに出たからこそ、いろんな人や企業からお声がかかり、出られるステージが増えてきたそうです。長期的な目標はそのステージに出ながら、考えたいとのことでした。

そんなBLACKさんにプレゼンの極意について聞かせていただきました。


TEDで、スベってしまう人とは

BLACKさんは本番のTEDのプレゼンに向けて、相当の準備をされて発表されました。そして結果、スタンディングオベーションを受ける大成功をおさめられました。そちらも上の記事を読んでいただければ、分かります。TEDに登壇することだけでもすごいですが、このスタンディングオベーションを受けるということがいかにすごいことなのか。

TEDを見ていると、発表者の皆が皆スタンディングオベーションを受けているように錯覚してしまいますが、実際はそんなことはないそうです。スベってしまう人、つまり共感をされなかった人も多くあるそうです。

共感をされなかった人の一つの特徴としておっしゃられていたのが、意外にも意外

話すのに慣れている人

だそうです。

もちろんすべてがすべてではないでしょう。しかし話慣れている人は、ついつい過信してしまい、普段通りに話をしてしまう。

TEDに参加しにくる人は、いろんな人がいます。一代で会社を大成功させた富豪もいるでしょうし、ある分野においては権威と言われるような学者、はたまた元アメリカ大統領もいることでしょう。それぞれ専門が全く違うわけですから、どんな人が聞いても分かるような話をしなければなりません。専門家相手に話をしているように話をしていても通用はしない、とBLACKさんはおっしゃいました。日常的に人前で発表されているセンセーと言われるような人たちほど、よく気をつけねばなりません。

彼ら参加者は審査をしにきたわけではありません。学びを得たい。その気持ちで聞きにきているのだと。ですから、TEDは尋常じゃないほど真剣な場になるわけです。

では、そんな人達にどう向かえばいいのでしょうか?

BLACKさん流のプレゼンの極意、それは…

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これがすべてなんだ、とお聞きしました。

本場TEDから戻られて、「TEDxTOKYO」という東京版のTEDに参加されたBLACKさんは、以下のようにおっしゃっています。これまで日本語でのスピーチはNGはもちろん、原稿の持ち込みも禁止というものだったのに、今回は日本語で発表されたり、原稿読みながら発表している人がいたそうです。

それだけに、そのルールが緩和されていたことには驚きました。正直、「え、ずるい!」と思いました。しかし結果として、その緩和はプラスに働いていたように思います。日本語で話されたり原稿を持ち込まれたりしていた方のスピーチの質が低かったかというと全くそんなことは無くて、むしろ生き生きと話され、時に聴衆の笑いを誘い、スタンディングオベーションを受ける方も多くいらっしゃいました。

プレゼンテーションとは、スピーカーと聴衆のコミュニケーションであると思います。無理に不慣れな言語で話すことにより表現がおろそかになるよりも、スピーカーが伝えたいことをきちんと伝えられる形であることの方が重要だと思いますし、事実「自分に対して語りかけてくれている」と感じるスピーカーの方が多かったように感じました。

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日本語で発表する、原稿を読むなどはもちろん、プレゼンテーションには様々なスタイルがあると思います。一般的にはその場に合わせて語る言葉を変え、できるだけ暗記して望むのが、「よいプレゼン」と言われています。

またプレゼンテーションに関する様々な技法やソフトがあります。そしてどれがいいとか、これがよくないとかそういった情報が飛び交っています。僕も好きで、そういうのをブックマークしては、よく読んでいました。

しかし、本質はそこではないのだと教えてもらいました。

もちろん必要ないとかそういう話ではありません。当然大事な要素ではあります。しかし、真に大事なことなのかと問えば、その答えは否です。では真に大事なこととは何なのか。

本気でコレを伝えたい、という情熱。それがプレゼンの極意なんだと。

いくら声がよく、見た目もよく、発表資料も素晴らしくたって、「伝えたい」という情熱がなければ伝わりません。いや耳には入るでしょうが、心に刺さりません。

逆に「伝えたい」という想いが強ければ強いほど、情熱が燃えていれば燃えているほど、どんなに見た目がちっぽけで発表資料が質素であっても、感動の涙を誘うのです。

やり方は自由でいい、自分がいちばんしっくり来る形でやればいい。方法論にとらわれてはいけない。

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実は観衆が本当に見ているのは発表者の振る舞いではなく、発表資料のフォントでもなく、


「あなたはどれだけ“本気”でそれを伝えたいと思っているのか?」


という情熱なのです。方法論は二の次なわけです。

あらゆる点において応用できる大事な大事な基本

極めてシンプルですが、重い言葉ですね。

ですから、方法論をとやかく言うより、

「自分が本気で伝えたいと思っていることは何か」

これを考えるのが大事なのだなと知らされます。この問いが重要なんだと。

そして、これはそのままプレゼンのこと以外でも言えますよね。日常の会話でも、手紙でも。そしてもちろんブログでも。あらゆる表現の極意にあたるのがこの気持ちなのでしょう。

すぐに見つけられるような簡単なテーマではありませんが、常に自問することで、やがてその”情熱”が手に入れる時が来るでしょう。それまでひたすらマナビ続けたいと思います。


BLACKさん、ありがとうございました!!

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